令和の混濁
- Toshio Inose
- 2022年7月16日
- 読了時間: 1分
コロナだと施設管理者やイベント主催者は感染対策を求められ、無関係な第三者から不十分であると決めつけられると叩かれるのだが、これまでそんなことがあっただろうか?例えば、風邪やインフルエンザの感染に関して「そこに食べに行ったからインフルエンザになった!感染症対策してないからインフルエンザに感染したんだ!」とか、施設管理者や家bんとの主催者は責められたのだろうか?
先日、某店のセルフレジで子供にバーコードスキャンさせてる家族がいた。その時、レジは混んでいた。
スーパーの資源ごみ回収ボックスで、おじさんがラベルのついたままのペットボトルを食品トレーを回収するボックスに捨ててた。(この辺りはペットボトルのラベルを剥がし、キャップは燃えるゴミ扱い)。
時代が変わったのかもしれないが、人が変わったのかもしれないし、そうでないかもしれない。世の中には、自分以外の人がいることは時代と関係ないので、他人のことを考えて自分の行動を制限することは、時代に関係ないと思うのだが、実は、そんなことを言っていてはストレスになるだけだから何も考えない方が良い、とかいう時代なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
個人主義と利己主義が混濁している感じ。
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